気づいたら3月半ばでした

毎日の仕事、研修会への参加、家族の一員(大黒柱というイメージからはほど遠いですが)としての役割などに忙殺されているうちにもう3月。

歯科心身医学領域の患者さん、“違和感が少なく、しかもしっかりと噛める義歯を作って欲しい”という患者さん、痛くて痛くて昨晩眠れなかったという患者さん、、、それぞれに対応するのに
自分の力不足を感じながらも、充実した毎日です。本当に有難いことです。
そんな中でも、完全にインドア派の私は本を読み、音楽を聴き、さらに余裕があれば
音楽を作っています。さて、本日は本に関連した話です。

もう17,8年前になるでしょうか。私は「医者に病気は治せない」という本と出会いました。書かれたのは内藤政人先生、循環器がご専門で現在は横浜駅西口近くで開業されています。内藤先生の弟さんは歯科医師で私より6歳年上、長身&イケメンでギターも弾くという(清水は俺の弟子だとおっしゃっています)方。同じ神奈川区の歯科医師会に所属し、私との共通の趣味もあって懇意にさせていただいています。

内藤弟先生のご自宅に招かれた時、リビングに「医者に病気は治せない」という本が置かれていました。本好きの私がふと手に取ると奥様が「それ、兄の本なんですよ」「えっ!?」と私がページをめくるとそこに著者近影が、、、私の気持ちを奥様が先取りして、
「ね?全然似てないでしょう?」。
茶髪でロン毛(死語ですかね)の内藤弟とは異なり地味で真面目そうな印象を受けました。
(実際にお会いしてみると弟さんと同様、長身痩躯のドクターでしたが)

パラパラと斜め読みしてみたら大変に面白いので、すぐに書店に注文して購入。
内藤弟先生からは、「俺とは全然違うんだよ」とお兄さまの医師としての輝かしい
経歴を聞いていましたが、その本からは医師としての謙虚な姿勢、患者さんの尊厳を
守る大切さと温かい視線を感じました。読後の感想を内藤政人先生にお手紙で差し上げ、
電話で何度かお話しさせていただきましたが、その中で今でも心に残っているのは
「基礎医学さえきちんと分かっていれば臨床は難しくない」ということでした。
専門的になるので省略しますが、例えば「炎症」ということはどういう現象を指すのか。血管がどうなって、そこから白血球がどう機能して、、、、というようなこと。

それから数年して、私がいわゆる人間ドックで心臓関係のデータが黄色信号だという
ことになり、「心臓だったら内藤先生に診ていただこう」と思い、実際に診察を
していただきました。「どんな時間に、どんなふうに血液を採取した?」などいくつかの問診から、「ああ、そんなやり方じゃ、そのデータは信頼できないな」ということになり、改めて内藤先生に診察と検査をやり直していただくと、人間ドックとはまったく
異なるデータが出ました。「ね?全然違うでしょう?」と内藤先生。
というわけで、人間ドックでは服薬が必要だと言われたのですが、内藤先生からは
「医者は病気を治せない」に書かれていたように、クスリは一時避難で使うことは
あるけれど、大切なのは自分の生活を見直すことだと言われました。
それ以来、私の心臓はまったく快調で、それ以降の人間ドックでも黄色信号は
でませんでした。
その事実はさておき、私は内藤先生に診察を受けアドバイスを受けた時、
「名医ってこういうものなのだろうな」と感じました。
それは内藤先生という目の前の存在から立ち上るオーラというか、とにかく
そんな無形の何か。
それが患者の安心につながりひいては健康に導かれていく、、、

自らを振り返って、名医とは程遠い自分にがっかりさせられることばかりですが、
でも遠い目標です、今でも。

内藤先生のご著書「医者に病気は治せない」シリーズには、私が持っている限りでは
「医者は病気を治せない」(平成4年:いんなあとりっぷ社刊)
「続・医者は病気を治せない」(平成5年:いんなあとりっぷ社刊)
「医論あり 医者は病気を治せない」(平成10年:丸善プラネット株式会社刊)
「だから、医者は病気を治せない」(平成14年:丸善プラネット株式会社刊)
があり、「だから、医者は~」が、平成4年の「医者は病気を治せない」に加筆、
増補改訂したものであったり、4冊とも微妙に内容がかぶっているように感じますが、
(4冊の内容を照らし合わせてチェッくした訳ではないので、何となくです)
いずれも面白く、ためになります。

「患者が医師に求めているのは、病気の“みたて”だ」というようなことを書かれていたように記憶していますが、これについては、また改めて書きたいと思っています。

では、以下、昨年末から現在までの私の読書歴です。
ただし歯科関係の学術専門書については省略しています。

●世界が土曜の夜の夢なら(副題・ヤンキーと精神分析):斎藤環著
精神科医・斎藤環氏の本は殆ど読んでいますが、二年くらいまえ、私の友人というにはあまりに偉い慶應義塾大学教授の巽孝之先生と、なんと電子書籍版ミュージック・ライフ誌で対談されていたことからかなりのロック通であることを知りました。この方はご専門の「ひきこもり」関連の書籍はもちろん、ヘンリー・ダーガーなどのアウトサイダー・アートに関しての著作にもとてもおもしろい物が多く、本当に頭の良い方だなあと感心しています。斎藤氏は、テレビで軽薄なコメントを述べる某脳科学者と異なり、根底に医師としての患者への温かい眼差しを感じさせる方です。

●臨床家がなぜ研究をするのか
(副題・精神科医が20年の研究の足跡を振り返るとき):糸川昌成著
統合失調症の治療に関する分野で「カルボニストレス」を発見した(臨床的に
どういう意味があるかは本書を参照。それが現実の精神医療に実際にはどのように
貢献しているのかはお知り合いの精神科医に訊いてください)糸川氏の自叙伝。
真面目な科学者なのであろう筆者の経歴を感心しながら淡々と読んでいきましたが、
最後の最後に書かれているどうして精神科医になることにしたのかについて
読んだ時、優れた小説に匹敵する感動に襲われました。

●日本人の病気観(副題・象徴人類学的考察):大貫恵美子著
私も医療人の端くれとして日頃感じている「これって日本人独特なんじゃね?」と
いう病気観・健康観について知りたくて、たしかネット検索して随分前に購入し
「積ん読」状態になっていたもの。時間をかけ情熱を傾けたフィールド・ワークを元にした

学術的な著作ですが、比較文化論としても秀逸です。

●彷徨記(副題・狂気を担って):西丸四方著
友人の精神科医に“血の通った教科書”と勧められた「精神医学入門」やその弟分
「やさしい精神医学」は歯科医としての私の臨床にも多いに役だってくれているし、
その他、「脳と心」「病める心の記録」「狂気の価値」といった素晴らしい著作、
ヤスパース「精神医学原論」の翻訳(これは私にとってはやや難解であったが)など
で、私の脳に刻み込まれている西丸先生の簡略化された自叙伝。内村鑑三氏の子息
である内村裕之氏や、愛読した「精神分裂病の世界」の著者である宮本忠雄氏など
登場人物が私にとってはその著作を通じて馴染み深い方々なので、とても面白かったです。

なかでも、「私の家系内の遺伝性について」という部分をはじめとして、島崎藤村、藤村の

「夜明け前」主人公である青山半蔵が西丸四方氏のひいおじいさんであること(即ち、藤村の父

で、本名は島崎正樹)はどこかで読んだことがありますが、実弟である島崎敏樹氏(これまた

優れた著作を残した精神科医)がどうして西丸姓ではないのかなどなど、興味ふかい著述に

溢れていました。それにしても頭のよい家系だなあ。

●99歳 精神科医の挑戦:秋元波留夫著
なんでまあ、こんなに精神科医の本ばかり私は読んでいるのだろうと思ってしまいますが、
興味があるのだから仕方ありません。秋元氏は東大をはじめとするいくつかの医学部教授を
歴任されているのですが、西丸氏の「彷徨記」同様、登場してくる人物がおそらくは
日本の精神医学界黎明期の重要人物ばかりであるので、その青春群像記としても面白い。戦後の日本で起こった新興宗教「璽光尊」については他の書物で読んで知っていましたが、その教祖の精神鑑定に関わった著者の、オウムの麻原との共通点と相違点についての分析に重みがあります。また、戦前の特高による共産主義弾圧と狂気についてなど、精神科医ならではの(しかも根底に正義感が溢れている)現代史としても素晴らしい本だと思います。

●「新型うつ病」のデタラメ:中嶋聡著
昨今話題になることの多い「新型うつ病」ですが、、、、まあ気軽に買える価格なので、皆さんも読んでください。オビに書かれた「“彼女にフラれたので休職したい”、、
!? それが“うつ病”のわけがないだろう」。私もそう思います。
本書の最後のほうに書かれた“現状に満足せず、むしろある程度の障壁(ストレス)を
自ら求める心と、それを乗り越える力、それがある人だけが、どの分野にしろ、一人前と言われるレベルに達するのだと思います。”には、強く共感できます。

●こころの病は誰が診る?  高久史麿・宮岡等対談
「こういう分野に興味がある」と、取り立てて言うほどの目標を持たなかった歯科医としての私が、宮岡先生のご講演を聞いて「これだっ!」と思ったのが15~6年前。
それ以降、歯科とのリエゾン診療もされている宮岡先生の著作や論文にはできるだけ目を通し、実際に、おととしだったか少人数での研修会に出席、ご講義のみならず直々に相談にのっていただき、更に歯科心身医学に興味が湧いてきました。宮岡先生のお話は、私が感じる「歯科医の世界って、こういうところが“残念”だよなあ」に見事に応えてくれた部分もありました。本対談は、書店の「精神医学」コーナーで偶然発見。プライマリ・ケア医としての自分のあり方を探るのにとても役にたったと思います。

●「現代語訳」精神病者 私宅監置の実況  呉秀三・樫田五郎著
夢野久作「ドグラ・マグラ」に登場する精神科医のモデルだとも言われ、日本の精神医学界の創始者とも言われる呉秀三氏の衝撃的な著作が現代語訳されたということで、
すぐさま購入。やや大きい本なので、只今、自宅で読み進んでいるところです。

本が好きな方には分かっていただけると思いますが、目の前に積んであって“私に読まれるのを待っている本”は可愛い存在ですよね?
今これを書いているのは院長室なのですが、私の目の前には
「精神科医はどのように話をきくのか」(藤本修著)
「なぜ、“かかりつけ歯科医”のいる人は長寿なのか?」(星旦二著)
「生きるって人とつながることだ」(福島智著)
「患者と作る医学の教科書」(酒巻哲夫編著代表)などが
「次は私を手に取ってくれるかな?」と待っているのです。

自宅には妻子がおりますが、「亭主丈夫で~~」の妻子よりも
私の部屋に置いてある本のほうが、きっと私の帰りを、
そして「次は私を手に取ってくれるかな」と待ってくれていると思います。
本好きでない方には、「清水先生、大丈夫?」かもしれませんが、、、、大丈夫です。

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コメント: 3
  • #1

    オリオン (水曜日, 17 4月 2013 15:51)

    歯科心身症を理解していらっしゃる歯科医にかかる患者は幸せですね。心強いと思います。私も医科歯科大の豊福先生に見ていただいているものですが、困るのは歯医者さんです。歯科心身症になったといっても、興味がない様子です。豊福先生のサイトも見ていない様子です。歯の治療中に心身症になって、痛みに苦しみながら歯医者に行っておりました。
    インプラントなども入れているので、そう、簡単に歯科医院を変えるのもまずいかなと思案中ですが、清水先生のようなかたもいるのだと、希望を感じます。医科歯科大で治療中の患者は、ある意味、皆、歯医者難民です。「歯医者に行くのが怖い」といっています。突然の愚痴で失礼いたしました。

  • #2

    shimizu-shika (土曜日, 20 4月 2013 18:19)

    院長の清水です。コメントありがとうございます。
    いずれ「院長ブログ」に書こうと思っていましたが、
    整形外科や内科を最初に訪れる患者さんの中でも、
    心身両面からのアプローチが必要な方は
    かなり多いことがわかっています。
    そして、歯科も恐らくそうなのだろうなと私は推測しています。

    歯科心身医学領域の患者さんには、
    今までの(多くの場合、複数の医師や歯科医にかかられている)
    経緯についての物語をしっかりと伺います。
    その際、個人的に感じているのは、患者さんの訴えがその歯科医にとって
    「歯科大や卒業後の勉強会で習ったことのない症状」であったと
    しても、患者さんに対し「そんな症状、聞いたこともない」と
    言わないで欲しいなあ、ということです。

    それぞれの歯科医にとって興味がある分野と無い分野があるのは
    仕方ないことだと思いますが、歯科心身症の患者さんの“つらさ”を
    理解する程度の知識は持って欲しいなあと思うのです。

    高価なコンピュータ診断機器で計測して「この機械は最新式。
    これで診査してもあなたには何の異常も見られない」と
    患者に伝えたところで、患者さんの“つらさ”の解消にはならないと
    ~~~高価な診断機器を持っていない私は幾分の僻みもあるのかも
    しれませんが~~~思います。

    豊福先生に診ていただいているとのこと、よかったですね。
    きっと一歩づつ、良い方向へ向かわれることでしょう。
    希望を持ち、お大事にしてください。

  • #3

    オリオン (日曜日, 21 4月 2013 17:05)

    またしてものコメント、申し訳ありません。コメントに誤字もあり、恥ずかしい限りです。豊福先生は、「歯科心身症を理解する歯科医を世に送り出したい」と奮闘中のようです。病気の原因に脳内の血流が関係しているのではともお考えのようですが、臨床に追われ、なかなか研究に没頭できないご様子です。でも、「患者が一番の先生」などと泣かせるセリフを口にされます。謙虚な方で、それは清水先生と一緒です。
    つい、余計なコメントをしてしまいましたが……。