「心病む母が遺してくれたもの」

またしても、本の話ですが、できれば今回はもうちょっと自分の臨床にも
関連した話を書きたいと、今は、思って書き始めています。
今週、二冊の本を読みました。

「心病む母が遺してくれたもの・夏苅郁子著」(副題:精神科医の回復への道のり)
「智恵子飛ぶ・津村節子著」

前者は再読でしたが、どうしてももう一度読みたくなり、連休中に一挙に再読。
後者は、彫刻家&詩人・高村光太郎著「智恵子抄」の智恵子さん、晩年には心を病んだということは知っていましたが、どのような人生であったのか突然知りたくなり古本を購入。
後者はドキュメントではなく小説なのですが、津村さんの文章は事実を
過度に脚色することがなく、しかもそこに読者が智恵子さんの心に少しでも
寄り添えて共感を覚えるようなさりげない詩情が感じられて、とてもよかったと
思います。ご主人である故・吉村昭さんとも共通する印象を受けました。

さて、「心病む母が遺してくれたもの」です。
これは、皆さんにぜひお薦めしたい本です。
統合失調症のお母様のもとで、しかも孤独な環境で育った夏苅さんが、
二回の自殺未遂をしながらも、たくましく、、、、では決してなく、
辛い体験を積み重ねながら自分の人間らしさの回復、人生の再生をしてゆく
物語です。色々な経緯から精神科医になった夏苅さんの人生の前半は、
本当に読んでいて涙がでそうになるくらいお気の毒です。でも、転機が
やってきます、、、、あとは読んでのお楽しみ。
夏刈さんの痛ましいほどの孤独は、色川武大著「狂人日記」を想起させました。

優れた本が自分に与えてくれた影響は言葉で言い表せるものではないことが
多いですが、実際の生活に役立つ“実践的なお言葉”が含まれていることもあります。この作品の中核的なテーマではなく、また作品から私が得た感動とは少し違う部分ではありますが、私自身の臨床や日常に影響を与えてくれた記述もありました。
例えば、
「あなた病気の人・私治す人」でなく「あなた病気の人・私もいつか病気に
なる人」という姿勢で臨床に臨むこと。

著者・夏刈さんは、恩師のひとりでありホスピスの運営をされていた精神科医の柏木哲夫先生から、「あなた作る人、私食べる人」という当時流行っていたカレーのCMの言い換えで、“「あなた死ぬ人、私生きる人」ではなくて、「あなた死ぬ人、私もいつか死ぬ人」という覚悟を持って患者さんの枕元に立ちなさい”と言われます。そしてその後、夏刈さんは、“以前は、「あなた病気の人、私治す人」だったのが、
「あなた病気の人、私も病者の家族です」これは今、私が患者さんやそのご家族と
接する時の私の思いです”というようにご自分の気持ちが変化したそうです。

夏刈さんは、こんなことも書かれています。

“日本の亭主族は、「女房を褒める能力」が先天的に欠けているような気がします”

ああ、耳が痛い。妻には読ませたくないなあ、この本。

“「家族」は人間が生きていくうえでの生きがいとなり、支えとなる大事なものですが、手を抜くとすぐに壊れてしまう繊細なものでもあるのです。私の両親も幸せになろうと必死だったと思います。しかし、もろくも壊れてしまいました。今を一緒に暮らせるのを当たり前と思わず、家族という「壊れ物」にはいつも手入れをして、感謝の気持ちを忘れずに、「感謝」という栄養が何よりも必要なのだと思います”

ああ、これも耳が痛い、痛すぎる。

「家族」、、、、、、、
25年も開業医をやっていると毎日の臨床の中で、素晴らしい家族愛に
触れることも珍しくありません。
私達医療従事者は、病気についての知識を、患者さんが治っていったり、
あるいはなかなか治らなかったり、他の科に紹介して診ていただいたら
治ったり、いつの間にか治ったり、、、といった過程で学んでいきます。
母校の放射線学の教授・故東先生がご著書に「患者から学ぶ」とサインされて
いましたけれど、本当に病気については患者さんから学ぶことが多いのです。
そして、それだけではなく、人間としての生き方、あり方も患者さんから
学ぶことが少なくありません。

「患者さんには、“ああ、それは大変だったね”と言えるのだけれど、
なかなか家族には素直に言えないんだよな」、、、これは精神科医の友人が
私に言った一言。私も、そうだなあと感じました。
でも、本当に家族思いの患者さんがいらっしゃって、診療の合間に話を伺っては
感心することが多いです。

どうも上手くまとまりませんでしたが、二冊の本についてのご報告でした。

人生、色々あるけれど、めげずに何とか“やり過ごす”。
現在、辛い症状をお持ちの方も、希望を持ちましょう!