●訪問歯科診療および最近読んだ精神医学の本について

当院も、交通安全センター近くの小さな診療所時代も含めると、
開業して約30年経ちました。

ずっと通われている患者さんの中には、
ご高齢の患者さんも増えてこられまして、
かねてより“往診してもらえないか”というお問い合わせが
ありました。

昨年あたりからは、その必要性をヒシヒシと感じるようになり、
当院での“訪問歯科診療”の態勢つくりを始めました。
まだ歩き出したばかりで、そんなに大規模なことはできませんが、
少しずつ、でも着実に“訪問歯科診療”をやっていこうと思っています。

訪問歯科診療のお問い合わせはお気軽に、
電話あるいは本ホームペの問い合わせフォームからどうぞ。

話はかわりまして、、、、、

つい最近、当院に来院されている患者さんからのオススメで
作家の夏樹静子さんの「心療内科を訪ねて」を読み始めました。
(夏樹静子さんの作品は、10代の頃に「Wの悲劇」などの一連のミステリーを
読んで以来です)

その患者さんが、「まずは第四章の“より完全に、より美しく”から
読んでみてください」とおっしゃっていたので、そこから読みました。
タイトルからある程度推測はできましたが、そこに書かれていたのは
「歯科心身症(醜形恐怖障害も含め)」のお気の毒な症例でした。

この本の初版は平成15年ということなので、今よりももっともっと
“歯や歯肉に原因がなくても歯が痛いと感じることはある”ということが
一般には知られていなかった時代だと思いますが、
もしかしたら今でも、「う~~ん、原因はよく分からないけど、
そんなに“歯が痛い”のだったら抜歯しましょうか」とか
「咬み合わせに異常があるとは思えないけど、よく分からないから、
患者さんの訴える歯をちょっと削ってみましょうか」というような
ことはあるのかもしれません。
“醜形恐怖障害”について知っている(ワイドショー的にではなく、医学的に)
歯科医師も恐らくはまだまだ少ないように思います。
これらの知識なしに、そうした患者さんを治療したら、患者さん歯科医師ともに
不幸な結果になるでしょう。

夏樹静子さんの「心療内科を訪ねて」、まだ全部読みきっていませんが、
今回同時に購入した同作者の「腰痛放浪記・椅子がこわい」を併せて
読んでみたいと思っています。

さて、
今年になって読んだ本に「こころを診る技術」(宮岡等著)と
「新版・精神科治療の覚書」(中井久夫著)があります。

前者の宮岡先生(北里大学精神科学主任教授)は、私が歯科心身医学を勉強する
きっかけになった先生だということは、このブログでも書いたと記憶しています。
「こころを診る技術」は、“精神科面接と初診時対応の基本”というサブタイトルに
あるように、比較的キャリアの浅い精神科医向けの内容だと思いますが、
私のような身体科医が読んでも、貴重な記述がたくさんありました。
そして、これまた私のようなちょこっと心身医学をかじっただけの浅学非才の者が分かったような気になってはいけないなと感じました。

医療面接の入門書などを見ると「問診では、患者に対する共感を示すこと」など
と書かれていますが、宮岡先生は更に具体的に“共感にも定義がいろいろあるが、
筆者は「自分にはあなたと同じ状況におかれた経験はないが、もしおかれたと
したら感じるであろう気持ちを言葉にして相手に伝えること」と理解している”と
書かれています。
また、宮岡先生が身体科医(精神科以外の医師ということで良いと思います)に
対してこのように患者に説明してほしいと考える説明として以下のようなことが
書かれています。(抜粋です)
●身体所見については、軽度の異常であってもきちんと説明する
●「身体の異常が軽度、あるいはないこと」イコール「精神的な原因がある」と
 理解される説明をしない。すなわち安易に「精神的なものである」と言わない。
 精神的な原因があるかどうかは精神科医の診察で決まることであり、それを
 身体科医が言うことは医学的にも正しくない。
などなど、、、、歯科医が本当に忘れてはいけないことばかりです。

また、歯科医とのリエゾン診療のご経験も長い宮岡先生は、
「口腔のような外科処置を行いやすい部位で、かつ治療の指標が噛み合わせの
ような自覚症状である場合、心気症状との関係を検討されないまま、削合、
抜歯、義歯装着などの処置を受けることがある。一般に身体に少しでも異常が
見つかればその治療を優先させる医師が多い。(以下後略)」と書かれており、
これなど、前述の“より完全に、より美しく”と深く関連していると思いました。

もう一冊、「新版・精神科治療の覚書」のほうは、
1982年が初版らしい名著の復刻版。
中井先生のご著書は、おそらく10冊以上読んでおり、
いずれも先生の精神科医としての姿勢や深い人間洞察力に感銘を受けました。
「新版・精神科治療の覚書」では、次のような記載が特に印象に残りました。

●医者ができる最大の処方は(願わくは空疎でない)“希望”である。
●医学の第一原則は「まず害するなかれ」である。
●おそらく、すべての疾患の中で「単一の原因」によるものは、
あってもごく少ない。
●病人の心理としてーーこれも精神科に限らないことであるがーー自分の苦痛を
大勢の人も味わっているようなものと知りたい反面、それは自分だけに
起こった特別なこととみなしたい心理が働く。
●ある時点で「治療法がない」と告げられたために、その後、治療法が開発されたのに、医療に背を向けてしまった家族を私はいくつも知っているからである。
「今、適切な治療法がないけれども、医学も少しずつは進歩するようですから、
(たとえば)一年毎にでもまたたずねて来て下さいませんか」と告げることで、
その運命が大きくかわったであろう場合を思わずにはいられない。

ということで、どちらも歯科医として私にとって、忘れてはいけないことを
多く指摘してくれる本でした。