●完全なるインドア派

小学生だった頃、田舎町の子ども会役員のオジサンに言われました。

「男子は、サッカー部か野球部のどちらかに入らないといけない。

よっちゃんはどっちにする?」

 

運動が苦手だった私は、子どもなりに答に窮しました。

しばしの沈黙のあと、、、、

「サ、サ、サッカー」

 

別にサッカーがやりたかった訳ではなく、野球の小さなボールよりは

当てることができるだろうと思ったからでした。

そして、ピッチャーとバッターという、一対一の、実力の差が露呈する

闘いを避けたいからでした。(きっとサッカーだって、個人の実力の差は露呈するのでしょうが、小学生の考えたことですから)

 

サッカー、やりたくなくて仕方ありませんでしたが、

田舎町の子ども会の一員としては、それに従うしかなかったのです。

 

その後、新任の音楽の先生が張り切って作った相模原市立上溝小学校の

ブラスバンド(それまでは鼓笛隊でした)の一員になりました。

これはもう楽しくて楽しくて、自分のフルートやピッコロが、

太鼓やトランペット、ベルリラなどと一緒になって音楽を奏でる高揚感、

美しい瞬間の連続に夢中になりました。

 

いつサッカー部を辞めたかは(どうして辞められたのかは)

覚えていませんが、そのブラスバンドは運動会はもちろん、

大きな夏祭りの時に町中をパレードしましたから、

その中に混じって嬉々として演奏している私を見て、

「あ、よっちゃんは、こっちのほうが得意だったのか」と

役員のオジサンが思ってくれたのかもしれません。

 

という訳で、思春期以降の私は、音楽と読書を愛好する

完全なるインドア派として生きてきました。

素晴らしい音楽や本との出会いは枚挙に暇がありません。

 

つい最近も、素晴らしい本に出会いました。

小児外科医である松永正訓さんの書かれた「命のカレンダー 小児固形がんと

闘う」です。

子どもたちのガンに挑み続ける松永先生とその患者さんだった

子どもたちのドキュメンタリーです。

松永先生の医師としての姿勢には、我が身を振り返りつつ(つまり反省しつつ)感心しましたし、短い命を燃焼させたこどもたちにも心が揺さぶられました。

そして、松永先生自身が命にかかわる重篤な病に冒された時、自分がいかに、小さな体で病気と闘ったこどもたちに教えられたことが多いかに気づきます。

自分のこれからに迷った先生は

「私は心の耳をすまして彼らから答えを教えてもらっていたのです。」

と感じます。

 

「患者さんから学ぶ」

これは、私の大学の放射線学の教授だった東先生の言葉です。

 

私も患者さんから多くを学んできました。

それは、もちろん歯科医師として

「こういう処置を選択したら、こういう結果になる」という

実際的、自然科学的なこともありましたが、

患者さんの人生(の、ほんの短い時間ですが)に歯科医師として係ったことは、

私の人生観、幸福観に大きく影響しました。

六角橋に開業して約32年になりますが、色々な患者さんのことが

頭をよぎります。本格的に訪問歯科診療をし始めてからは

まだ3年弱ですが、ご高齢の患者さんやそのご家族から学んだこともたくさんあります。

 

松永先生の「命のカレンダー」は、そんなことを再び考えさせてくれる

本でした。

ご興味のある方は、ぜひ、お読み下さい。

 

さて、清水歯科の待合室に、新しい絵が飾られました。

「口と足で描く芸術家協会」の南 栄一さんが、清水歯科のために

描いてくれた素晴らしい作品です。

夏休みの或る日、待合室に飾った瞬間に、周囲が明るくなりました。

「うわ~~いいなあ」と思わずつぶやいてしまいました。

南さんに絵の依頼をしたのは、去年の春でした。

「一年以上かかるかもしれませんが、よろしいでしょうか」と

南さんはおっしゃりました。

それから、一年数ヶ月、8月初めに絵が届いたのです。

絵には向日葵がたくさん描かれています。

一緒に絵を飾った妻が言いました。

「向日葵の季節に間に合うように、一所懸命描いてくれたのかもしれないね」

 

診療室の一番奥の壁に掛けられている絵は、

約20年前に南さんに描いていただいた作品で、

当院に来院された多くの患者さんの心を癒してくれています。

 

来院の折には、ぜひぜひ、ご鑑賞ください。